墓石に掘られてた文字 本家のお墓参りに行った時に疑問の思ったのです。 墓地の真ん中に「○○(本家の苗字)家累代之墓」と墓石に書いてあって、その周りに小さな小汚い墓石が9つありました。 その周りの9つのほとんどが何て書いてあるのか分からない程風雨に晒されて削れていました。 小汚い9つの墓石でただ1つ読めたのが「心源宗清大姉」とだけ掘られてた墓石でした。 僕「(誰の姉ちゃんのお墓だろう・・・)」と疑問に思いました。 ご先祖様姉ちゃん専用のお墓なんてあるんだろうか?と思い質問しました。 もし分かれば教えてください。お願いします。
お墓について質問です。浄土宗で住まいは京都市内です。 新しくお墓を建てたいと思っているのですがどういう風に探して良いか分かりません。 ○○霊園などチラシが入っていますがどうなのでしょうか? お寺さんの中やその近くに宗派の墓地があると思うのですが、そういった所だと墓地代墓石代などは別になるのでしょうか? チラシは全部まとめて○○万円と書いてありますがそれ以上はかからないのでしょうか? 初めてなので分かりません。 失敗しないお墓の建て方について詳しい方、ご存知の方お手数ですがアドバイス頂ければと思います。 宜しくお願いします。
昔の墓石を改修したいのですが? 江戸時代の女性墓であごに肘をついたむ弥勒様?か如意輪観音様?の地蔵のような墓が我が家に数基あるのですが、痛みが激しいため、状態の良い一基へ集約したいと考えています。 この一基に彫られている○○信女を削り取って、例えば「当家信女童女累代」などと彫りなおして再度墓地へ置く事などは可能でしょうか?または例があるのでしょうか?
墓石の漢字の意味を教えていただきたいです。 左の写真の「攵化元 子 夭」 右の写真の「元禄十六未夭」 この一番下の漢字は夭か天だと思いますが 読みと意味を教えていただきたいです。 どうか宜しくお願い致します。
平成元年7月17日、法主の身でありながら、日顕は自ら福島の曹洞宗白山寺の墓地に、阿部家先祖代々の墓を建立した。 自分たちが"邪宗、邪宗"と呼んでいた禅寺に、スウェーデン製の最高級(550万円)の墓石を新調。あろうことか開眼供養までした。 開創700年、未だ見ず聞かずの大謗法である。当日、日顕は白山寺の住職を「禅天魔」と破折するどころか、墓地の裏口からコソコソやってきて、酒二本を届け、法要だけを済ませて帰った。 この事実が明らかになるや、日顕側は「村の共同墓地」などと言い逃れに終始。しかし、この墓のある場所は、福島市の墓地台帳にもはっきり「白山寺墓地」とあり、共同墓地でないことは明々白々である。また、当の白山寺住職が「ここは『共同墓地』なんかではない」と証言したうえ、平成5年秋には墓地のまわりに白山寺所有であることを示す垣根を新設したのである。これで、まぎれもなく"日顕墓"が正真正銘の禅寺墓であることが完全に確定したのである。更に、墓石には「為先祖代々菩提"建立"之"日顕"花押」と刻まれていた。これこそ言い訳のできない"動かぬ証拠"である。日顕はかつて「世の中にはさまざまな悪縁があるために、せっかく正法に入っても、その墓地がまちがったところにあるといろいろな悪縁にひかれて正法の信心が崩れてしまう」と指南していた (昭和60年1月、神奈川・妙苑寺落慶入仏法要ででの説法)。その自らの指南通りに、日顕は「悪縁にひかれて正法の信心が崩れ」、「天魔」と化したのである。 これをどう思いますか? 日蓮正宗外部改革派憂創同盟
重い話ですみません。昔の風習の残る地域の者です。 かなり濃い親戚の叔母が若い頃、婿をもらい、近年高齢の為、叔母、養子の叔父の順に亡くなりました。 それまでは叔母夫婦に子供がいなかったのと、親戚ということで何かと面倒を見てきましたが、叔父が亡くなったとたん、叔父の兄弟が現れ、財産を全て相続しました。 こちらは親戚ということで、その事は仕方がないと思います。しかし、こちらへは何も連絡なく三回忌をした直後、叔母の家を壊して更地にし、墓から墓石まで撤去してしまいました。墓石をどうしたか、お骨をどうしたかも話しません。 寺の住職は、失礼ですが大変お金に執着のある方で、叔父側の家と話がついているようで、こちらへは何も教えてくれません。 相談したいことは、やはり大変付き合いもあった家なので、せめて何か供養したいのですが、よい方法はないでしょうか。 供養塔、地蔵など考えましたが、多分住職さんは地代と魂入れ?で、百万以上は請求するようで、わが家では無理です。 叔母、叔父が亡くなったことで、その家は絶家となりました。 一応禅宗です。親戚とはいえ、うちの仏壇に位牌を置くわけにもいかず、毎日申し訳なく思う日々です。 どうかよいアドバイスをよろしくお願いいたします。
お墓を建てたいと持っております。宗派は日蓮宗。 墓地は購入しております。 お寺さんと墓石業者に対してのどのようにしたらよいでしょうか? 要領を得ませんが、よろしくお願いいたします。
平成元年7月17日、法主の身でありながら、日顕は自ら福島の曹洞宗白山寺の墓地に、阿部家先祖代々の墓を建立した。 自分たちが"邪宗、邪宗"と呼んでいた禅寺に、スウェーデン製の最高級(550万円)の墓石を新調。あろうことか開眼供養までした。 開創700年、未だ見ず聞かずの大謗法である。当日、日顕は白山寺の住職を「禅天魔」と破折するどころか、墓地の裏口からコソコソやってきて、酒二本を届け、法要だけを済ませて帰った。 この事実が明らかになるや、日顕側は「村の共同墓地」などと言い逃れに終始。しかし、この墓のある場所は、福島市の墓地台帳にもはっきり「白山寺墓地」とあり、共同墓地でないことは明々白々である。また、当の白山寺住職が「ここは『共同墓地』なんかではない」と証言したうえ、平成5年秋には墓地のまわりに白山寺所有であることを示す垣根を新設したのである。これで、まぎれもなく"日顕墓"が正真正銘の禅寺墓であることが完全に確定したのである。更に、墓石には「為先祖代々菩提"建立"之"日顕"花押」と刻まれていた。これこそ言い訳のできない"動かぬ証拠"である。日顕はかつて「世の中にはさまざまな悪縁があるために、せっかく正法に入っても、その墓地がまちがったところにあるといろいろな悪縁にひかれて正法の信心が崩れてしまう」と指南していた (昭和60年1月、神奈川・妙苑寺落慶入仏法要ででの説法)。その自らの指南通りに、日顕は「悪縁にひかれて正法の信心が崩れ」、「天魔」と化したのである。 これをどう思いますか? 日蓮正宗外部改革派憂創同盟
父の墓について 17年前に父が他界致しました。(17回忌法要は済ませました) 心臓の病で急に亡くなったため、生前時々口にしていた「故郷(山形県南陽市) に帰りたいなー」という遺志を尊重し、本家の墓がある同じ墓地にご塔婆を立てて 埋葬いたしました。このお寺は歴史もあり曹洞宗のお寺です。 17年経つ今も墓石等は立てずに、小山に土盛り周囲を小石を撒き塔婆を 立てるシンプルなままです。 埼玉にいる我々はなかなか墓参にも行けずに、本家を継いでる従兄弟には 申し訳なく感じている日々。 先日、2年前に亡くなった上司のお墓参りに行くためご家族にお寺などを お聞きしましたところ、文京区白山のお寺の永代供養墓に眠っているとの ことで「寂」と書かれた大きな墓石にお参りして参りました。 上司らしいなと思いながら、父の墓もいつまでも本家の従兄弟一家に 甘えてもいられない一方、埼玉の霊園でも100万弱の費用が掛かること から、上司同様に永代供養墓をと考えております。 私には息子もおりますが、私自身、上司のような考えの者で海にでも 撒いてもらってもいいやと思うのです。 母もある程度同意してくれてますが、一般的にはこのような事をどう見られ るのか知りたく質問させて頂きました。 検討しているお寺は当方の住所に近い以下の お寺(HPアドレスですがBGMがありますのでご注意)です。 http://www.jyoujyuin.or.jp/ ただし、真言宗で宗派が異なります。
このあいだ、お墓参りにいったのですが、 行年ってありますよね? ある墓石に行年が【当才】というのがあったんですが これは何歳ということですか? また、当才の意味はなんでしょうか?